2010年10月31日日曜日

共有 共優

どうもニュースなどを観ていると、暗いニュースばかりが目立っている感じがします。
政治や経済の問題もそうですけど、私が一番気になるのはやはり、
ココロの問題に起因しているだろう、というニュースです。

親が子供を殺す、子供が親を殺す、いじめで子供が自殺する、
働き過ぎによる過労死や、ココロの病に掛かって自殺してしまう…
毎年、3万人を超える人々が、自ら命を絶っている、という現実があります。
どれもそこには「ココロ」という存在があるような気がしてなりません。

それぞれに原因はあるにせよ、私が一つ、共通して感じる事は、
そこに「思いやり」があれば、回避出来る問題が多いのではないかなぁ、という事です。
競争社会が悪い、家庭が悪い、教育が悪い、と言えばキリが無いんですけど、
要は「他人の痛み」を「自分の痛み」として感じられるか、
その痛みを共有出来るか、という事に尽きると思うんです。

共有する、というのは意外と難しい事なのかも知れませんね。
例えば、知恵。
おばあちゃんの知恵袋、なんて言葉もありますけど、この「知恵」とは
「知っている事」を「恵み与える」と書きます。
自分が知っている事を、他の誰かに「恵み与え」て初めて、それは
「知恵」となるわけです。
先人からの「知」を、連綿と続く人の歴史の中で、「恵まれて」来た、
共有して来たから「今」がある、と考えます。

思いやりって、そういう事に似ている、と思うんです。
殴られれば痛い、という事を教える、汚い言葉を吐き掛ければ
相手のココロは傷付いてしまう。
そんな「知」を「恵む」機会が無くなっているのではないでしょうか?

相手を思いやる事は、自分を思いやる事に繋がります。
自分を思いやる事が出来なければ、相手を思いやる事も出来ない、とも言われます。
そう考えると、共に人に優しく、「共優」の気持ちを共有出来る事が出来たなら、
少なくとも上記のような事は、今よりも減って来るんではないかな、と考えています。

2010年10月20日水曜日

思いやるココロ

ここのところ連日、日本各地でクマが出没している、
というニュースが流れてます。
襲われて怪我をした方もいるとか。
そういう方はお気の毒…としか言いようが無いんですけど、
これってやっぱり、人間のせいなんですよねぇ。

今年の猛暑のおかげで、クマの餌となるドングリが不作となり、
冬眠前の餌を求めて、人間の生活圏にクマが入って来ている。
この猛暑にしても、温暖化が一因と言われてますし、
これまではクマや野生の動物達と、人間の生活圏を
隔てる境界のような存在が、人間の生活圏拡大のために
境界を破って、野生動物達の生活圏に侵入してしまって。

これってやっぱり、人間がより便利に、より快適な
生活を求めて、昔からあるモノを壊して、新たな
環境を作り出している結果だと思うんです。

便利で快適な毎日、というのは誰しもが求めるところですけど、
コイツの欠点というのは、際限が無い、という事。

例えば20年前の自分の暮らしと今を比べると、エアコンやら、
携帯やら、パソコンやらと、ずいぶん便利になったものです。
けれどもこれから20年後には、「あの頃と比べたら、今は
便利になったよねぇ」と、相変わらず言っているはずなんです。

幸福と不幸、というのに似ているかも知れません。
絶対的な幸福とか、絶対的な不幸って存在するんでしょうか?
人は大抵、過去の経験や環境、境遇と照らし合わせて、
今の方がマシであれば「幸せ」だし、そうでなければ「不幸」と
感じている、と思うんです。
もちろん、そのものさしは人それぞれな訳で、
何を以て幸、不幸と感じるかは、その人次第、という事にもなりますけど。

人間や動物や自然環境や、地球(ガイア)をいう生命体全てが
丸く収まる、というのは今や難しい状態にまで来ていると思いますけど、
少し不便でも、少し不快でも、これまで人間がして来た事を
反省し、これから何が出来るのか、人にも動物にも自然にも、
思いやりの心が持てると、良いんですけどねぇ…

2010年10月7日木曜日

話を「聴く」

ついこの間まで、暑いなぁ…なんて思ってましたけど、
あっという間に秋も深まって来ましたね。
前にも書きましたけどこの季節、人のココロも揺れ動く季節です。
どうか自分のココロ、あなたの隣にいる人のココロの動きを
ちょっとだけ、気に掛けて下さい。

さて、この記事のタイトル。
「字が間違ってるんじゃないの?」という方もいると思います。
確かに、この「聴く」は音楽などを聴く時に使う文字です。
一般的に、人の話は「聞く」ですよね。
ですが、私が学ぶカウンセリングでは、クライアントさんのお話を
「聴く」という所から、始まります。

いわゆる「傾聴と共感」ということですね。
これは私的な理解の仕方なんですけど、「聞く」の方は
門の前に耳がど~んと立ちはだかっていて、「さぁ、何でも話せ!」というような
何か偉そうな感じを受けるんです。

一方の「聴く」は耳の横に十四の心がそっと寄り添っている感じで。
十四のココロ、つまり、自分の心の耳全てを傾けて、あなたのお話を
聴かせて下さい、という風に感じられるんです。
あまり、上手い説明ではありませんが…
私の学ぶカウンセリングでは、クライアントさんのお話を
「聴かせて頂く」という姿勢をまず、徹底されるんです。


TVの討論番組などを観ていると、人の話を遮って自分の主張だけを
大声を張り上げてする人をよく見かけますけど、私はああいう人を観ていると、
かわいそうだなぁ…と思ってしまいます。
自己主張をする事は大切ですけど、それ以上に、相手の話を聴く事は、
もっと大切だと思うからです。

けれど、意外とこの「話を聴く」って難しい事なんです。
私がカウンセリングを学び始めた頃、この「話を聴く」という事は、
なかなか出来る事じゃないぞ、と思ったものでした。
そして学んでいくに連れて、世の中には「話し方教室」ってのはあるけど、
「聴き方教室」みたいなものがあった方が、もっと良いのに、と思うようになりました。

皆さんも一度、相手の話を自分の主観を入れずに、ただ聴いてみる、という事を
試してみてください。
結構、難しいですよ。